寺島 宗則(てらしま むねのり)は、鹿児島県出身の政治家です。1832年6月21日に生まれました。1893年6月6日に60歳で亡くなりました。
| よみ | てらしま むねのり |
| 生年月日 | 1832年6月21日 |
| 没年月日 | 1893年6月6日 |
| 年齢 | 60歳没 |
| 職業等 | 政治家 |
| 出身地 | 鹿児島 |

| 同じ頃に生まれた | マクシミリアン1世、ヴィルヘルム・ヴント、アントン・ロマコ |
| 同じ頃に亡くなった | ギ・ド・モーパッサン、パトリス・マクマオン、シャルル・グノー |
| 職業等が同じ | 木戸孝允、ベンジャミン・ハリソン、松方正義 |
| 出身地等が同じ | 川路利良、町田久成、黒田清隆 |
寺島 宗則 - Wikipedia
寺島 宗則(てらしま むねのり、1832年6月21日〈天保3年5月23日〉 - 1893年〈明治26年〉6月6日)は、日本の政治家。爵位は伯爵。元は松木 弘安(まつき こうあん)、別字に弘菴、弘庵、洪庵。通称は寺島改姓後に陶蔵と名乗った。日本の電気通信の父と呼ばれる。第4代外務卿として活躍した。天保3年(1832年)、薩摩国出水郡出水郷脇本村字槝之浦(現・鹿児島県阿久根市脇本