南方 熊楠(みなかた くまぐす)は、民俗学者です。1867年5月18日に生まれました。1941年12月29日に74歳で亡くなりました。
| よみ | みなかた くまぐす |
| 生年月日 | 1867年5月18日 |
| 没年月日 | 1941年12月29日 |
| 年齢 | 74歳没 |
| 職業等 | 民俗学者 |

1886年(19歳)
アメリカに渡る。以後、キューバ、イギリスに渡る。
1893年(26歳)
「ネーチャー」に論文が掲載される。大英博物館に職を得る。
1900年(33歳)
イギリスから帰国する。
| 同じ頃に生まれた | カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム、フランク・ロイド・ライト、伊能嘉矩 |
| 同じ頃に亡くなった | エル・リシツキー、アンリ・ド・バイエ=ラトゥール、アーサー・ウィリアム・パトリック |
| 職業等が同じ | 柳田国男、折口信夫、今和次郎 |
南方 熊楠 - Wikipedia
南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日〈慶応3年4月15日〉 - 1941年〈昭和16年〉12月29日)は、日本の博物学者・生物学者・民俗学者。生物学者としては粘菌の研究で知られているが、キノコ、藻類、コケ、シダなどの研究もしており、さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行なっていた。そうした調査に基づいて生態学(ecology)を早くから日本に導入した。1929