大島 信雄(おおしま のぶお)は、愛知県出身のプロ野球選手です。1921年10月2日に生まれました。2005年1月8日に83歳で亡くなりました。
| よみ | おおしま のぶお |
| 生年月日 | 1921年10月2日 |
| 没年月日 | 2005年1月8日 |
| 年齢 | 83歳没 |
| 職業等 | プロ野球選手 |
| 出身地 | 愛知 |
| 性別 | 男 |
| 身長 | 173センチ |
| NPBID | 21723801 |
| タグ | 新人王 |
| 同じ頃に生まれた | 寺内大吉、橘公子、塩川正十郎 |
| 同じ頃に亡くなった | 小森和子、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス、趙紫陽 |
| 職業等が同じ | 寺島公、藤村隆男、小前博文 |
| 出身地等が同じ | 愛知山春雄、野口昇、林安夫 |
| タグが「新人王」 | 荒巻淳、蔭山和夫、松田清 |
大島 信雄 - Wikipedia
大島 信雄(おおしま のぶお、1921年10月2日 - 2005年1月8日)は、愛知県一宮市出身のプロ野球選手(投手)・コーチ・解説者・評論家。旧制岐阜商業学校では、1936年夏の選手権にエース・松井栄造の控え投手(1年生)としてベンチ入りし、登板機会こそなかったものの、全国制覇を経験。1937年春の選抜準々決勝の東邦商業戦でエース・野村清をリリーフする形で甲子園初登板を果たすが、2-7で敗戦。1