十時 啓視(ととき けいし)は、プロ野球選手です。1936年4月25日に生まれました。2001年9月27日に65歳で亡くなりました。
| よみ | ととき けいし |
| 生年月日 | 1936年4月25日 |
| 没年月日 | 2001年9月27日 |
| 年齢 | 65歳没 |
| 職業等 | プロ野球選手 |
| 性別 | 男 |
| 身長 | 170センチ |
| NPBID | 61063802 |
| 同じ頃に生まれた | テオ・アンゲロプロス、西村宗、にしむらかなめ |
| 同じ頃に亡くなった | 猪熊功、グエン・バン・チュー、古今亭志ん朝(三代目) |
| 職業等が同じ | 近藤晴彦、門田良三、中利夫 |
十時 啓視 - Wikipedia
十時 啓視(ととき けいし、1936年4月25日 - 2001年9月27日)は、光写真印刷株式会社の元社長。プロ野球選手。引退後の姓は「惟村(これむら)」。山口県岩国市出身。岩国高校では、1953年秋季中国大会準決勝に進むが、広島観音高に延長13回サヨナラ負け。翌1954年夏の甲子園県予選でも準決勝に進むが、萩高に延長16回敗退、甲子園には出場できなかった。卒業後、1955年に読売ジャイアンツに入