矢内原 忠雄(やないはら ただお)は、愛媛県出身の経済学者、東京大学学長です。1893年1月27日に生まれました。1961年12月25日に68歳で亡くなりました。
| よみ | やないはら ただお |
| 生年月日 | 1893年1月27日 |
| 没年月日 | 1961年12月25日 |
| 年齢 | 68歳没 |
| 職業等 | 経済学者、東京大学学長 |
| 出身地 | 愛媛 |

| 同じ頃に生まれた | ジョージ・ヘンリー・バーンズ、ガストン・ジュリア、和田久太郎 |
| 同じ頃に亡くなった | 花月亭九里丸、高登渉、小寺鳩甫 |
| 職業等が同じ | ピエロ・スラッファ、フリードリヒ・ハイエク、サイモン・クズネッツ |
| 出身地等が同じ | 武知勇記、柳瀬正夢、高橋新吉 |
矢内原 忠雄 - Wikipedia
矢内原 忠雄(やないはら ただお、1893年〈明治26年〉1月27日 - 1961年〈昭和36年〉12月25日)は、日本の経済学者・植民政策学者。東京大学総長。日本学士院会員。正三位勲一等瑞宝章。無教会主義キリスト教の指導者としても知られる。長男は哲学者で法政大学名誉教授の矢内原伊作、三男は経済学者で慶應義塾大学名誉教授の矢内原勝。愛媛県越智郡富田村(現・今治市)に四代続いた