野口 遵(のぐち したがう)は、石川県出身の実業家(日窒)です。1873年7月26日に生まれました。1944年1月15日に70歳で亡くなりました。
| よみ | のぐち したがう |
| 生年月日 | 1873年7月26日 |
| 没年月日 | 1944年1月15日 |
| 年齢 | 70歳没 |
| 職業等 | 実業家(日窒) |
| 出身地 | 石川 |
| 同じ頃に生まれた | 河上清、ジュール・リメ、高見山酉之助 |
| 同じ頃に亡くなった | エドヴァルド・ムンク、ピート・モンドリアン、レオン・ブランシュヴィック |
| 職業等が同じ | 佐々木八十八、ウォルター・クライスラー、アンドレ・シトロエン |
| 出身地等が同じ | 泉鏡花、阿部信行、林銑十郎 |
野口 遵 - Wikipedia
野口 遵(のぐち したがう、したごう、通称じゅん、1873年(明治6年)7月26日 - 1944年(昭和19年)1月15日)は、日本の実業家。日本窒素肥料(現・チッソ)を中核とする日窒コンツェルンを一代で築いた。「電気化学工業の父」や「朝鮮半島の事業王」などと称された。チッソの他にも、旭化成、積水化学工業、積水ハウス、信越化学工業の実質的な創業者でもある