二宮 忠八(にのみや ちゅうはち)は、愛媛県出身の航空機研究者です。1866年7月20日に生まれました。1936年4月8日に69歳で亡くなりました。
| よみ | にのみや ちゅうはち |
| 生年月日 | 1866年7月20日 |
| 没年月日 | 1936年4月8日 |
| 年齢 | 69歳没 |
| 職業等 | 航空機研究者 |
| 出身地 | 愛媛 |

1891年(25歳)
日本初のプロペラ飛行実験に成功。
| 同じ頃に生まれた | ビアトリクス・ポター、H・G・ウェルズ、シャルル・ニコル |
| 同じ頃に亡くなった | オットリノ・レスピーギ、大嶌佐太郎、ロバート・E・ハワード |
| 出身地等が同じ | 正岡子規、河東碧梧桐、高浜虚子 |
二宮 忠八 - Wikipedia
二宮 忠八(にのみや ちゅうはち、慶応2年6月9日〈1866年6月20日〉 - 1936年〈昭和11年〉4月8日)は、明治から昭和期の軍人、航空機研究者、実業家。伊予国宇和郡八幡浜浦矢野町(現・愛媛県八幡浜市矢野町)出身。陸軍従軍中の1889年、「飛行器」を考案。その翌年には、ゴム動力による「模型飛行器」を製作。軍用として「飛行器」の実用化へ繋げる申請を軍へ三度行なうも理解されず、以後は独自に人間