野口 英世(のぐち ひでよ)は、福島県出身の細菌学者です。1876年11月9日に生まれました。1928年5月21日に51歳で亡くなりました。
| よみ | のぐち ひでよ |
| 生年月日 | 1876年11月9日 |
| 没年月日 | 1928年5月21日 |
| 年齢 | 51歳没 |
| 職業等 | 細菌学者 |
| 出身地 | 福島 |

1878年(2歳)
囲炉裏に落ち、手に火傷を負う。左手の指が癒着し不自由に。
1892年(16歳)
左手の火傷の手術を受ける。
1897年(21歳)
医術開業試験に合格する。
1898年(22歳)
北里伝染病研究所の助手となる。
1904年(28歳)
ロックフェラー医学研究所に勤務。
1911年(35歳)
梅毒スピロヘータの純粋培養に成功。
1918年(42歳)
ロックフェラー財団の意向を受け、黄熱病研究のためエクアドルへ渡る。
1928年(52歳)
黄熱病により死去。
| 同じ頃に生まれた | ルドルフ・ジルドライヤー、ムハンマド・アリー・ジンナー、大谷光瑞 |
| 同じ頃に亡くなった | 張作霖、伊沢蘭奢、梅ヶ谷藤太郎(初代) |
| 職業等が同じ | アレクサンダー・フレミング、ルイ・パスツール、ロベルト・コッホ |
| 出身地等が同じ | 堀切善兵衛、水野仙子、中山義秀 |
野口 英世 - Wikipedia
野口 英世(のぐち ひでよ、1876年〈明治9年〉11月9日 - 1928年〈昭和3年〉5月21日)は、日本の医師、細菌学者。栄典は、正五位・勲二等旭日重光章。学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。福島県耶麻郡三ッ和村(現:耶麻郡猪苗代町) 出身。高等小学校を卒業して上京し、済生学舎(日本医科大学の前身)に通い、医術開業