富井 政章(とみい まさあきら)は、京都府出身の法学者です。1858年10月16日に生まれました。1935年9月14日に76歳で亡くなりました。
よみ | とみい まさあきら |
生年月日 | 1858年10月16日 |
没年月日 | 1935年9月14日 |
年齢 | 76歳没 |
職業等 | 法学者 |
出身地 | 京都 |
同じ頃に生まれた | セオドア・ルーズベルト、セルマ・ラーゲルレーブ、斎藤実 |
同じ頃に亡くなった | 山田長三郎、ダッチ・シュルツ、濱尾四郎 |
職業等が同じ | フーゴー・プロイス、ゲアハルト・アンシュッツ、高根義人 |
出身地等が同じ | 中川小十郎、与謝野鉄幹、佐々木八十八 |
富井 政章 - Wikipedia
富井 政章(とみい まさあきら、1858年10月16日(安政5年9月10日)- 1935年9月14日)は、日本の法学者、教育者。法学博士。帝国大学法科大学(現東京大学法学部)教授、帝国大学法科大学長、貴族院勅選議員、枢密顧問官等を歴任。法典調査会民法起草委員。和仏法律学校(現法政大学)校長。京都法政学校(現立命館大学)初代校長、立命館大学初代学長。男爵。政章はまさあきではなくMasaakira